韓国旅行記 <扶余、公州、ソウル>

            H13・4・11〜12

儒城温泉から、扶余(プヨ)に向かう。扶余には30分たらずですぐに到着する。ここは韓国でも昔を偲ばせる静かな町ということだが、なるほどゆったりとした感じの町である。

まず、百済時代の寺院である「定林寺」跡を訪れる。跡地というだけに、なにもないだだっ広い敷地内にどっしりとした石塔が立っていた。五層石塔で高さは8m強とか、ここには百済滅亡の際、唐の指揮官が自らの功績を刻んだ文が残っているそうである。

ここを後にすると、扶蘇山城(プソサンソン)に向かう。静かな丘陵地帯にある。

ここでも桜並木に出会う。桜並木をゆっくりと歩いて行くと、白馬江を望む断崖絶壁にたどり着く。ここには、高句麗、新羅に攻められ、たび重なる遷都の末にたどりついた扶余で、百済聖王は難攻不落の王宮を扶蘇山城に建設したのだそうである。海抜94mの小高い山の北側には白馬江があり、地の利を得ていたようである。今は、その山城もないが風情のある史跡が点在する。

山城跡を下って、白馬江の船着場から観光船に乗り、山城跡の断崖絶壁を眺めながら、バスの待っている駐車場までのわずか15分ほどの乗船である。

 

ここを後にすると、今度は公州(コンジュ)に向かう。まず、武寧王陵(ムリョンワンヌン)である。

「土まんじゅう」と俗にいわれる、王族が眠る墓だそうである。高さは10mぐらいであろうか、土をもったそれこそマンジュウのようである。表面は芝生でおおわれていて手入れが行き届いているようである。このような「土まんじゅう」があちらこちらに点在している。そのうちのひとつの内部が公開されていてそこを見学する。王族の埋葬品が展示されていた。

その後、「国立公州博物館」を見学した。ここには、「武寧王陵」からの出土品が主に展示されている。黄金製の冠飾や耳飾り、銀製の腕飾り、銀製金銅張りの飾り靴などが精巧な細工が施されていた。

この博物館の小高い裏山の桜も見事であった、ここのはかなりの古木である。

 

公州を後にすると、いよいよソウルに向かってバスが走る。

ソウルの手前で、水原(Suwon)により「長安門」を観る。ここは万里の長城を小さくしたような城壁がつづき、そこの一部に長安門がある。どこの国も昔は外部からの侵入者を防ぐために、このように町全体を城壁で守っていたのであろう。いつまでたっても人間同士の争いはなくならないものなのであろうか、と、ちょっとばかり考えさせられてしまう。

ここを後にすると、いよいよソウル市内に入る。道は立派である、片側3車線、4車線はあるが、どこへ行ってもくるまの洪水である。凄いくるまの量だ。

ソウル市の花は「レンギョウ」だという。真黄色な花である。道端のいたるところに咲き乱れている。いまが丁度開花の時期である。

どこの旅行もそうであるが、ここでもお決まりの「免税店」に寄ることになる。まずは、「新羅免税店」であった。免税店はどこの国に行っても同じ構えだから、私は好きではない。ブランド品を買う当てがあるならともかくとして、そんな私たちには時間の浪費で関心も薄い。できれば一般的なスーパーマーケットのようなところに連れて行ってくれたほうが、よっぽどうれしいのだが、そうでもない人もいるのだろうから、自分勝手なことは言えない。
「キムチ」や「韓国ノリ」を買いたいとおもっていたから、こういうものは免税店は決して安くないのである。
免税店は一ヶ所ではなかった。ソウルでは一番大きく有名だという「ロッテ免税店」にも行った。中は、他の免税店とほとんど変わりはなかった。

こうして、ソウルの街をバスで走っていると、

ガソリンスタンドがめに止った、ガソリン1260ウォン、軽油630ウォンと表示されている。日本よりも高いのである。レートは100ウォンが約10円である。

夕食はカルビ焼肉の食べ放題である。大きなカルビを網の上にのせ、ハサミでばしばし切ってくれる。これを四人で取り囲んで食べたが、食べ放題といっても三回ぐらいお代わりをして満腹になってしまった。

飲物は、やはり韓国焼酎を飲んだ。ソウルの焼酎も癖がなくおいしかった。

銘柄は「真露」といった。ガイドさんの話しでは、ソウル産の焼酎は製造元が違っても全て「真露」と表示されているのだそうである。別の都市に行けばまた違ったネーミングになるのだそうである。

 

夕食どころからホテルまでは、また大渋滞であった。距離はたいしたことないのだが、南山トンネルを越えるのに1時間以上かかった。ホテルに着いたのは8時30分近くになっていた。まったくソウルの渋滞には閉口した。

次の日は四日目で、この旅行の最後の日である。

まず、市内の喧騒のただ中にありながら、鬱蒼とした深い緑に包まれた「宗廟」

(チョンミョ)である。街中とはおもえない樹木に覆われ、池もあってすばらしい正殿がある。朝の空気を吸いながらゆったりと散策する。

ここの後は、「南山韓屋村」(ナムサンハンオッマウル)に行く。ここは韓国独特のけばけばしいさがなく、どちらかというと日本的な趣のある平屋の建物が点在するユニークな場所である、

ソウルタワーの建物の間から垣間見える。

 

昼食後、南北朝鮮の国境である、「統一展望台」を訪れる。今年開港したばかりの「仁川国際空港」のそばを通って向かうのである。漢江ぞいを進んでいくのである。小高い丘の上にこの展望台がある。対岸は北朝鮮である。

何か異様な雰囲気が漂う。北朝鮮を見渡すための展望鏡が設置されている、これを覗くと三階建てぐらいの建物が何棟か見ることができる。これは北朝鮮が健在であるということを示すために建てられたものだと、この展望台では解説している。確かに人の気配はしないのである、韓国側にこのような展望台だあることを知っての上、あえてこのような建物を建てなければならない北朝鮮側の意図が図りかねる状況である。

 

ここを後にすると、いよいよ「仁川国際空港」に向かい帰国の途につくことになる。バスに乗って1時間ほどでこの空港に到着した。広々としたすばらしい空港である。まだ、未成熟ではあるようだが。

韓国発は18時50分である。1時間40分で名古屋に着いてしまうのである、

場所にもよるが、国内旅行と変わらないのである。

もっと行き来があってよいのではないか、隣国である、とおもえてならない。

 

名古屋には無事に20時30分に降り立った。名古屋空港からは、名古屋高速道路、東名を使って23時には自宅に帰りつくことができた。

楽しい旅行であった。元気なうちにもっと旅行をしておきたいという気持ちにさせられた。

わり
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